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しとしとしとしと。降り止まない雨に濡れないように適当な家の軒先へ避難した僕らはもうかなりの時間を雨宿りに費やしていた。 目の前を駆けてゆく人々は半数は傘を差して、半数がずぶ濡れになりながら、それぞれの日常を送る為に前へ前へ進んでいる。当たり前の風景が、何処か懐かしく見えた。どうしてかなんてもう答えようも無く、憧憬は淡く雨粒に滲んだ。ただただ慌ただしく歩いていく人々を眺める。 「雨、止まないね」 「そうじゃな」 ぽつり、と零した溜息にぶっきらぼうな言葉が返ってくる。退屈を持て余した、そんな雰囲気が隣から漂ってくる。きっと不機嫌そうな顔をしているのだろうと思った。 何故だか、昔を思い出した。もっと閑散とした萩の町の軒先で雨宿りをしていた僕らは取り留めの無いことを延々と話し込んでいた。今思えば、よくもまああれだけの話題があったものだ。 今では沈黙ばかりが二人の間を占めている。話をしても噛み合わないかも知れないという不安、が僕を躊躇わせているのかも知れなかった。本当は理由なんて思い当たりすぎて特定出来ない。 昔の自分には怖いものなんて何にも無かった。幼い自分はこうして相手のことを傷つけるんじゃないか、なんて感情、抱くことも無かった。それが良かったのか悪かったのか、は判断がつかないけれど。 「ねえ、」 「何じゃ」 「何でもない、けど」 隣の晋作の顔を見ることも出来ないのに、居た堪れなさに耐え切れず、言葉を重ねた。即座にやってきた素っ気無い返事に僕はそれ以上の何をも声に出来ずに口を噤む。 この空気を何とかしたいと思ってはいても、自分から積極的に破ろうとする勇気は無いのだ。そういう臆病さがこんな息が詰まるような空間を作り出したのだろう。解ってはいるけれど、そう簡単に勇気は出ない。後一歩が踏み出せない、相手の中へ踏み込めない。臆病だから、自分が傷付くのが怖いから、相手を傷付けるのが怖いから。たった一歩、それだけで昔のように他愛ない話が出来るかも知れないのに。 悶々とした想いを抱えながら、再び眼前を通り過ぎてゆく人々をぼうっと見つめた。物騒になったと云っても、人々の生活が特別変わる訳では無い。きっと昨日と同じように、きっと明日も同じように、彼らはその日を過ごしていくのだろう。 色鮮やかな紙が貼られた傘を差して、雨に濡れる裾を気にしながら歩く少女。大きな荷物を肩に担いで走る男。若い武士が真新しい袴が汚れるのも構わずに慌てて駆けていく。 幼い二人が互いに手を取り合って、家へ帰っていく姿にふいに昔の自分達に重なって見えた。今日みたいに突然雨に降られて、手を繋いで、近くの屋敷の軒先へ逃げ込んで。束の間の、雨宿りをしたあの日。 今、手を伸ばしたら、振り払われるだろうか。大人になってしまったからには当然であることを、淋しく思った。恐らくそれは子ども特有の怖いもの知らずな部分を今僕は欲している所為なのだろう。 「・・・・・・義助、」 「何」 「何でもない」 恐る恐る、と云った風に伸ばした指先は晋作の荒れた人差し指と中指に絡んだ。驚いたように視線を向ける晋作に冷めた返事をする。本当は怖くて堪らなかったけれど、その感情をより一層込めるように、晋作の指を握る手に力を込めた。振り払われはしなかったことに僅かに安堵を覚える。勇気を振り絞った結果が成就したことに心が素直に喜ぶ。 だが、それを顔に出そうとは思わなかった。無表情を繕ったまま、時折晋作の表情を盗み見ながら、次々に霧のような細い滴を落とす雨空を見上げた。 たった二本の指が僕達を繋ぐ全てのように思えた。伝わり合うはずの体温は互いに冷え切ってしまっていて、絡めた指先は何を交わすことも無い。それでもその感触が唯一、あの頃のものであるような錯覚を、した。何時の間にか、遠くなってしまった気持ち。知らず知らず、臆病になってしまった僕達。昔はあんなにもすぐ傍にあったのに。 遠く路地の向こうへ消えていく幼い二人の背中を、羨望と憧憬の入り交じった複雑な想いで見つめる。 雨は当分、止みそうになかった。 |